恐怖とは何か

著者:岸田秀

 前置き:

現代文で学ぶことは大きく分けて二つ。二項対立(論理構造)と、抽象的思考と具体例の識別です。この技術を使って文章を要約できさえすれば、人生に必要な国語力は十分です。

 現代文では今と昔、日本と海外、一般論と筆者の持論というように、対比軸をもって物事を論じています。これを二項対立といい、何と何を対比しているのか、筆者の意見の根拠は何か、論理構造を考えることが大事です。

 また、筆者は抽象的な持論を持っており、その持論を具体例で補強しています。筆者は結局何が言いたいのか。抽象的思考と具体例を識別できるようになりましょう。

 さて、今回の話は対比を使っていますが、途中の段落で何と何を対比しているのかが変化しています。何と何が、どんな点で異なるのか。丁寧に読んでいきたいですね。

要約文:

第一段落: 人が感じる恐怖のほとんどは自我に関わるものである。

  対比: (一般論として)人は危険なこと、いやなこと、苦痛なこと、不幸なこと、好ましくないことを恐怖すると考えがち。

 具体例:人間の最も大きな恐怖対象の一つとして「死」を考えてみる。死ぬことは誰だって怖い。大抵の人間にとって「死」は自我の崩壊どころか、消滅を示すからだ。

 しかし「武士道とは死ぬことと見つけたり」のように、武士は死を自我の一部としていたようだ。勇敢に戦い、名誉を守って立派に死ぬということを自我の支えとしていれば、彼らにとって死は恐怖対象ではなくなる。むしろ見苦しく生きることの方を恐れるだろう。

🐿の補足: 「自我」と言われてピンとくるでしょうか? よくアイデンティティとも言われます。自分は何者なのか。何ができて何を好きなのか。青年期になるとそういうことを悩み出します。「自分は何者なのか」を言語化できないと、人は不安と恐怖にさいなまれるというわけです。

 戦争中の特攻隊なんてまさに武士道の名残ではないでしょうか? 敗戦色が濃くなった日本は足りない物資を補おうと、若い兵隊を人間爆弾として敵地に送り込みます。日本の若者はどうして国というあやふやなもののために、自分を犠牲にできるのか。当時の日本の奇策は、敵国であるアメリカを多いに困惑させたと言われています。当時の日本の若者にとっては「死ぬことよりも大切なものがある」という価値観だったのでしょう。死よりも自我の崩壊を恐れたという具体例かと思われます。(ちなみにこの辺りの思想はレヴィ・ストロースの「菊と刀」に詳しいです。古典の名著でめちゃくちゃ面白いので、中高生のうちに読んでおきたいですね。)


第二段落: 嫌なことや危険なことだけでなく、なんの害のないことでも、それが自我の安定を崩すようならば恐怖対象になる。

 具体例: 可愛がっていた愛猫が死んだ。しかしその後死んだはずの愛猫が真夜中に現れすり寄ってきた。なんの害を与えるわけでもないのに、飼い主は恐怖のあまり発狂してしまうかもしれない。

 これは何が恐ろしいのか。死んだものは生き返らないという世界の秩序が覆され、自我の安定が脅かされるのが怖いのである。人は神や科学で世界の成り立ちを語り、その理屈を理解し、自分のわかる範囲に押し込めようとする。理解できないものは恐ろしいものなのだ。

🐿の補足: 理解できないものは恐ろしい。筆者はこの具体例として新大陸に移住した「いい人」のはずのキリスト教信者が、現地に住んでいる動物を「聖書に書かれていないから」という理由で虐殺した例を挙げています。現代の価値観で言えば愚かなことかもしれませんが、それほど「知らないものは恐ろしい」のです。

 そういえば近頃「同性愛」も大分市民権を獲得してきましたね。ホモだのレズだの、一昔前は「言ってはいけないこと」「恥ずかしいもの」「なんか怖い」という対象だった気もしますが、今では大分普通の人にも受け入れられている印象です。それは映画や漫画、ドラマで人々が物語を摂取したことで「知らないものは恐ろしい」状態から抜け出したからではないかと思っています。🐿自身も高校生の時に女友達が「初心者のためのBL講座」なるものを開催してくれ、ハマりはしなかったものの「これでハマる人が出るのもわかる」くらいには認識が変わったものです。

 恐怖に限らず差別やいじめなども全て「知らないから」に原因があるのかもしれません。知らないものは自分の「自我」を脅かすので怖いのです。


第三段落: 恐怖心の強い人、怖がりやとはどういう人だろうか。それは自我の範囲が狭く、自我以外のものを排除し、抑圧している人である。

 具体例: 人が最初に形成する自我はナルチシズムに支えられている。そのような人は自分を重んじてくれることがわかっている身近な人以外を恐れる。見知らぬ人は当然のように、彼をその辺のありふれたただの人としか扱わないため、「自分はすごい人である」という自我が崩れるのである。

🐿の補足: ちょっと難しく書いてしまいましたが、要するに未熟な怖がりやは「自分の当たり前」を崩してくる見知らぬ人が怖いってことですね。年齢関係なく、世間一般にたくさんいるのではないでしょうか? 

 第三段落は第二段落を支える具体例なので、第二段落と一緒にまとめてもよかったのですが、なんとなく分けてみました。


第四段落: 怖いもの見たさという現象もこの「自我」で説明できる。自我を狭くしてそれ以外を排除すれば自我は安定するが、同時に決まり切った当たり前に退屈を感じるようになるだろう。退屈から抜け出して不安と恐怖と刺激に身を置きたいと考えるのもまた人間である。

  対比: 安定で退屈を選ぶのか、不安で未知なる刺激的なものを選ぶのか。

 まとめ: 人間は退屈の苦痛から逃れるために、不安と恐怖の苦痛を選ぶ。そうすると新しい世界が開ける爽快な開放感がある。一方で不安と恐怖からも逃れたいのでまた再び安定した状態に戻る。人生はその繰り返しであり、あえて危険なことに挑む冒険とはそういうことである。

どんな話か理解できたでしょうか。

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