言語が見せる世界

著者:野矢茂樹

 前置き:

現代文で学ぶことは大きく分けて二つ。二項対立(論理構造)と、抽象的思考と具体例の識別です。この技術を使って文章を要約できさえすれば、人生に必要な国語力は十分です。

 現代文では今と昔、日本と海外、一般論と筆者の持論というように、対比軸をもって物事を論じています。これを二項対立といい、何と何を対比しているのか、筆者の意見の根拠は何か、論理構造を考えることが大事です。

 また、筆者は抽象的な持論を持っており、その持論を具体例で補強しています。筆者は結局何が言いたいのか。抽象的思考と具体例を識別できるようになりましょう。

 さて、今回の文章は、「プロトタイプ」という概念を使い、筆者の論が展開されています。また、現代文も難しくなってくると具体例の記述が減り、読者自身で補完する必要がでてきます。今回は「プロトタイプ」という言葉を知っているか、そして「プロトタイプ」の具体例をパッと思いつけるかどうかで理解に大きな差が出てきます。最初に「プロトタイプ」について具体例を用いて説明しますので、理解した上で読み進めていきましょう。

要約文:

前提知識: プロトタイプとは何か。

「鳥」という言葉を聞いて、最初に思い浮かべるものはなんでしょうか? ある人はカラスやハトを想像したかもしれません。またある人は鶏かも。いやいやペンギンだって鳥ですよね。そして全く他の鳥を思い浮かべた人も多いでしょう。とりあえず翼や嘴がある生き物を思い浮かべたはずです。簡単に言えば、それが「プロトタイプ」です。

プロトタイプとは日本語に直すと「原型」と訳されます。鳥といえば、翼を持って空を自由に駆け巡る。くちばしをもち、虫などを食べる。そのような鳥の特徴を備えている「鳥っぽい特徴」。それがプロトタイプの具体例になります。

もう一つ具体例を出してみましょう。「子供」と聞いて、どんな子供を想像しますか? 「無垢」「元気」「すぐ泣く」「わがまま」。これらが子供の「プロトタイプ」になります。しかし、これは本当に現実の子供を表しているのでしょうか? 自分が子供だった時を思い返してください。必ずしもこの子供に当てはまらないのでは? ずる賢い子供、家で大人しくぼーっとするのが好きな子供、我慢強く、周囲に遠慮する子供。「プロトタイプ」に当てはまらない子供もたくさんいるわけです。

このように私たちは様々な物事に対して「プロトタイプ」を持ちますが、プロトタイプは必ずしも現実をそのまま切り取るわけではありません。これが今回の評論の鍵になります。この概念を踏まえて読解していきましょう。


第一段落: 概念を理解するとは?

  対比: 古典的概念観とプロトタイプ、それぞれからみたアプローチ

 具体例: 

古典的概念観 → 「鳥」という概念を考える時、ペンギンやダチョウなど「鳥っぽくない」鳥も含めて考える鳥の規定。この方法で鳥を考えると、空を飛ばない鳥も含むため、「空を飛ぶ」という特徴は鳥の特徴に含まれない。

プロトタイプ → 上記で説明済み。普通の鳥は「空を飛ぶ」。

具体例2: ある概念を教えるときは、「典型的な物語」を教えなければならない。大人がみても面白くない陳腐な恋愛ドラマをみて子供が学ぶのは、「普通の恋愛のやり方」である。普通の男と普通の女が、普通の遊園地で普通のデートをし、普通の映画をみて普通の食事をとる。このような「普通」はおそらく世の中には存在しない恋愛物語である。


第二段落: 「相貌を見る」とは何か。相貌を知覚するということは、現実で何かを見るとき、そのプロトタイプを考えながら、その概念のもとに開ける典型的な物語を知覚することである。

🐿の補足:本文の言葉を使ってみましたが、よくわからないので補足します。私たちは何かを見る時、プロトタイプから逃れられないのです。例えば「女」と言っても千差万別の個性が存在します。しかし、人間関係にまだ慣れていないと、どうしてもドラマや映画に出てくるような「女らしい女」というプロトタイプに当てはめて相手を見てしまいます。そして相手が何が好きなのか、何を求めているのか決めつけて関わってしまうのです。プロトタイプの女など現実にはいないにも関わらず。(男もまたしかりです)。

(本文中の)具体例: 散歩する犬をみたとしよう。もしかしたらその犬は様々な個性を持っているかもしれない。(今朝いたずらをして主人に怒られた、年老いて散歩がきつい、実は妊娠しているなどなど)。しかし私たちはそのような個性をスルーする。ただの「散歩する犬」というプロトタイプしか知覚できないのだ。これが「相貌を見る」ということである。


第三段落: だが、現実は常に典型的な物語をはみ出している。

  対比: 典型的な物語(プロトタイプ)と、現実

  第一にプロトタイプには細部がない。犬の個性や犬の毛色、現実はそのような細部に満ちている。

  第二に現実は典型から逸脱するような性質や振る舞いを示す。世の中は「変なもの」に満ちている。変な鳴き方をする犬、変わった形の椅子、不思議な味の料理、奇妙な服装、人に至っては、「変な人」の方が多いのではないか。

まとめ: 典型的な物語はスタート地点であり「初期設定」である。それから現実をみて、新たな物語へと歩を進めるのだ。


どんな話か理解できたでしょうか。

この話を読んで思い出した漫画があるのでちょっと紹介。「ランウェイで笑って」という服飾系の漫画です。パリコレを目指すモデルの少女と、服飾デザイナーを目指して奮闘する少年の物語です。

服飾デザインの話なので、もちろん新しいファッションがたくさん生まれるのですが、ここで面白いと思った登場人物のセリフを引用します。

「もともとは囚人服の象徴だったボーダー、スカートが当たり前だった時代のレディースのパンツスタイル。(中略)、これらはデザイナーによって非日常から日常に昇華されたデザインである。すでにあるデザインを用いるのは平凡。非日常から美を見出し次の時代を作るのが、デザイナーの責務である」(うろ覚えなので、細部の違いについては多めにみてください。)

ボーダーやパンツスタイルが禁忌だった時代、そんなプロトタイプを崩して新たな世界を切り開いたのが当時のファッションデザイナーでした。パリコレというと奇抜なファッションが多く、私のような素人にはよくわからないのですが、日常と非日常、つまり筆者のいう典型的な物語と現実が交差する舞台であると考えます。ストーリーも面白いのでぜひ読んでみてくださいね。

というわけで「プロトタイプ」のお話でした。

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言語が見せる世界” に対して1件のコメントがあります。

  1. shimarisu より:

    自分の中にあるプロトタイプと現実の細部について、違いをまとめて記述せよ。

  2. エゾシカ より:

    くちばしがあるかないか

  3. 匿名 より:

    「アメリカ人には蝉の声が聴こえない」
    これはアメリカ人には親しみのない蝉に典型的な物語が存在しないためである。また、関心によって知覚の深さが変わるのでアメリカ人には蝉の声が「単なるノイズ」とでしか知覚できないためでもある。

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